長野

コラム 信州の風

地方の元気は信州から!

 長野市の中央通り沿いに住んでいますが、中央通りでは頻繁にイベントが開催されています。燈明まつり、びんずる、大道芸フェスティバルなどなど、長野市のメイン通りはその都度歩行者天国となり、多くの人々で賑わいます。こうしたイベントは長野市だけではなく、県内各地で開催されています。私自身幾つかの地方都市での勤務経験がありますが、これほど頻繁にイベントが開催されている都市は初めてです。
 「地方都市は元気がなくなっている」とよく言われます。確かに東京を中心とする大都市圏に人口が流入しているのは事実です。しかし、大都市でメイン通りを歩行者天国にしてイベントを開催するのは、様々な事情からとても困難です。その点、長野は行政や各種団体、企業が一体となって、多くのイベントを開催し、地元の人々や観光客を楽しませてくれています。地方都市だからこそできることもたくさんあるはずです。こうした一つひとつの地道な取り組みが大きな成果を上げ、地方に元気を持たらして欲しいものです。「地方の元気は信州から!」

ながの金融広報だより 第131号 掲載

ツバメに期待

 6月の中旬頃のことだったと思いますが、出勤途中にツバメの巣をみつけました。最近では、東京のような大都会ではツバメの姿もほとんど見ることがなく、私自身数十年振りにツバメをみました。それから注意深くみていると、出勤途中に十数個のツバメの巣をみつけました。街中にこれだけ多くのツバメの巣があるとは、さすが信州には豊かな自然が残っているのだと改めて感心しました。
 長野県はこうした豊かな自然や歴史により全国でも屈指の観光地です。東日本大震災直後は、観光客は大きく落ち込みましたが、その後はNHKドラマの「おひさま」効果もあって、客足はかなり戻ってきています。ただ、原発事故による風評被害もあり、外国人観光客は不振を続けています。
 春にやって来たツバメは、丁度今頃(9〜10月)に越冬のため南方(台湾、フィリピン、オーストラリア等)に渡り、再び翌年春に日本に戻ってくるとのことです。来年には、原発問題に目途がつき、ツバメが多くの外国人観光客を長野県に連れて来ればと、期待しています。

ながの金融広報だより 第130号 掲載

不便を楽しむ

 未曾有の被害をもたらした「東日本大震災」が発生した丁度1か月後に本店(東京)へ出張しました。東京に着いてまず驚いたのは、昼間は電車が照明を点けずに運転していること、また券売機も約半分は使用停止となっているなど、これまで明るく賑やかだった首都東京とは程遠い光景でした。日本銀行本店でもエレベータの半分が停止、廊下や食堂の電灯は消されており、廊下で久し振りに会った同僚から「元気?」と声を掛けられても、相手の顔が確認できず戸惑ってしまいました。電力不足はかなり深刻な状況です。
 全発電量の3割弱を原子力に頼っていること、新たな発電所を建設するにしても相応の時間を要るすることなどを考えれば、当面は電力不足の状態が続くと思われます。
 そうなればこれまでと違って不便な生活を強いられることとなりますが、「ものは考えよう」です。昔は今のように便利でなかった筈です。多少不便であるがゆえに良いこともあるのではないでしょうか?例えば、エレベータの代わりに極力階段を使うとメタボが解消できる、ネオンが少なくなると今まで見えなかった星を見ることができる、冷房をつける部屋を一家に一室と決めれば家族の会話が増えるなど、良いこともたくさんあると思います。
 今回の大震災を機にこれまでの電力大量消費生活を見直し、不便さを楽しんでは如何でしょうか?これは何も一定の期間や一部の地域のことではなく、我々日本国民のライフスタイルの変化として捉えてみては如何でしょうか。
 そう言えば、本店で声をかけられた同僚に「暗くて大変だろう、大丈夫?」と尋ねると、「慣れれば何てことないよ」と言っていたのが印象的でした。

ながの金融広報だより 第129号 掲載

真の成長、豊かさとは

 本年入り後、大寒波が猛威を振るいましたが、ちょっと昨年を振り返ると猛暑に苦しめられ、年末に発表される世相を表す漢字は「暑」でした。
 お隣り中国でも同様のアンケートがあり、「値上がり」を意味する「漲」(みなぎる)という漢字を挙げた人がもっとも多かったようです。膨大な人口を背景に急速な経済発展を遂げている中国では、経済成長率は2桁近くを持続しており、不動産や食物など物価の高騰が続いているからです。2010年のGDP(国内総生産)は日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位となった模様です。
 一方日本はと言えば、20・21年度と2年間マイナス成長の後、22年度は回復傾向にありますが、経済成長率は数パーセントに止まり、物価も前年割れが続くなど、力強さに欠けています。
 ところで経済成長を示すGDPとは、平たく言えば「一定期間にどれくらいの物やサービスが生産されたか」といった指標です。すなわち、一定期間に生産された「フロー」の概念で、これまで蓄積された「ストック」とは異なります。例えば、今月100円貯金して貯金残高が500円になったとすると、100円が「フロー」で、500円が「ストック」ということになります。
 私が学生の時、スコットランドのある家庭を訪れたのですが、その家のテーブルはとても立派でしたが、かなり古いものでした。そのテーブルについて尋ねたところ、「100年以上前から我が家にある。このテーブルを見るたびに優しかったおじいさんやおばあさんのことを思いだす。我が家にとって掛替えのないものだ」と言っていました。仮に、その家にテーブルしか存在しない経済を考えると、その家のGDPは100年以上ゼロということになります。一方で、安いテーブルを毎年買い替えていれば、毎年いくらかのGDPが計上されることになります。経済的にはGDPが発生するほうが良いようにみえますが、果たしてどちらの方が本当に裕福なのでしょうか?
 フローばかりに目を奪われるより、時にはストックで判断することも大切なのではないでしょうか。かつての高度経済成長時には物質面では確かに豊かになりましたが、余暇の少ない生活や公害の発生など負の面も多く見られました。これからは成熟した真の豊かさを実感できる成長が求められるように思われます。

ながの金融広報だより 第128号 掲載

宜しくお願いします

 9月29日に着任しました林と申します。前任の佐藤同様よろしくお願いします。
 長野は私にとって初めての地で、僅か2カ月しか経っていませんが、「虜」になりそうです。善光寺から徒歩数分のところに住まわせてもらっているということもあり、朝7時にはお寺の鐘の音が聞こえ、最近では珍しくなった托鉢もしばしば目にします。また、先般、信濃町にある古海小学校を訪れお金について話をする機会がありました。全校生徒7名の小さな小学校ですが、素晴らしい自然に囲まれ、児童はみんな素直でのびのびとしていました。長野には昔ながらの良き日本が多く残っているように思えます。
 長野の素晴らしさは、私ごときが語るよりも、日本絵画の巨匠「東山魁夷」を知ればすぐに理解できます。着任間もなく善光寺の近くにある東山魁夷館に足を運び、次のことを学びました。
 魁夷は、横浜生まれ、神戸育ちですが、東京美術学校1年の時に長野県御嶽を訪れて以来、たびたび長野の自然を題材とした作品を制作しました。同館の説明書きによれば、魁夷は「初めて接した山国の自然の厳しさに強い感動を受けるとともに、そこに住む素朴な人々の心の温かさに触れることができた」としています。そして、晩年「自家所有の作品などの処置について、私の作品を育ててくれた故郷とも言える長野県にお願いしたい」として、約500点もの作品を長野県に寄贈しました。そして今も善光寺に眠っています。
 魁夷が惚れ込んだ長野、私もより多くの自然、人々と出会い、長野の良さを深めて行きたいと思っていますので、よろしくお願いします。

ながの金融広報だより 第127号 掲載

原村〜信州の風

 25年前に原村に山荘を購入した。長野勤務となったのは2年前からだが、長野との関わりは四半世紀ということになる。東京の社宅アパート暮らしは侘しく、さりとて東京近郊に一戸建てを購入する資金もなく、まずはセカンドハウスということになったのだが、社会人になって5年ばかりでは、かなりの背伸びだった。
 原村を選んだのは、社宅のある東京からのアクセスが便利なこと、2年間勤務した青森で覚えたスキーができること、の2つの条件に適ったからだ。そして何よりも白樺の木立の魅力だ。
 山荘は、八ヶ岳の一つである阿弥陀岳の麓、標高1,400mにある文字通りの山小屋で、冬は流石に寒さが厳しい。暖房のない台所の床にこぼしてしまった水を雑巾で拭く間にシャーベット状になってしまう。軒先の氷柱は50cm以上にもなる。
 その後、茅ケ崎に自家を構え、また年齢とともにスキーから遠ざかっていったこともあって、山荘を利用するのは気候のよい5月から10月までということになってしまったが、山荘を訪れるたびに感じるのは、風が心地よいことだ。空気が乾燥しているため、妻が地元のドライフラワーを使って作ったリースは、20年以上経った今も色褪せずに山荘の部屋の壁を飾っている。定年後はここで暮らすのもいい。
 ところで、このコラム欄は「信州の風」。「信州はやはり風でしょ」ということで、このタイトルを決めた経緯です。「信州の風」でヒト、モノ、カネを呼び込み、「信州に風」を。

ながの金融広報だより 第126号 掲載

台湾



 2月に家族で台湾に旅行した。北京大学に留学している娘が春節(旧正月)休暇で帰国している間の中国語のレベルダウン回避が主な目的で、私と言えば、台湾に然程の関心はなかったのだが、爆竹が鳴り響く繁華街の活気等、1人当たりのGDPが日本の半分に過ぎないこの国のエネルギーには圧倒された。
  台湾は、嘗ては日本の領土。「富士山はずっと”日本一の山”であったのではない」との現地ガイドの説明に一瞬きょとんとしたが、台湾最高峰の「ニイタカヤマ」は3,952m。台湾には富士山より高い山が80以上もあるという。滞在中、台北駅から電車と車を乗り継いで1時間半ほどの九イ分という町に行った。ここはかつての金鉱の町で、あの「千と千尋の神隠し」の舞台だそうだ。昭和レトロの感じに納得。台北市内にある圓山大飯店は、湯屋「油屋」のモデルとも言われている。これも意外と知られていない。
  ところで、県の「外国人宿泊者数調査結果」(2008年)によると、台湾人の宿泊者数は全体の4割で、2位の韓国人(1割)を大きく引き離している。全国の2割と比べても、台湾人の観光客の比率が圧倒的に多い。これは北海道も同様のようで、要するに、”雪と温泉”が観光の主な目的。県観光部によると、「台湾では立山黒部アルペンルートの人気が高く、修学旅行も増えている」とのこと。現状は富士空港を利用したインバウンドだが、これを何とか松本空港に取り込みたいものだ。

ながの金融広報だより 第125号 掲載

信州の鎌倉

 去年11月、東京への出張の途中で、別所温泉に寄り道した。上田駅から上田電鉄別所線で30分。独鈷山など周囲の山並みが青空にくっきりと映え、「信濃のまほろば」塩田平の長閑な田園地帯を走る電車の旅は最高に気分が良かった。
鎌倉幕府の執権北条氏の一族に連なる塩田北条氏の所領であったこの地は、数多くの寺院が建立され、「信州の鎌倉」と言われる。私の自家は鎌倉に近い茅ヶ崎にあり、わざわざ「信州の鎌倉」に行く必要もあるまいと、長野に赴任後1年以上も当地を訪れていなかったが、大いに感動した。別所線もさることながら、北向観音堂、安楽寺八角三重塔、常楽寺など、由緒ある寺院が程良い距離に点在し、しかも、鎌倉にはない温泉もある。鎌倉と箱根を合わせたようなものだ。塩田町駅から別所温泉駅までの道を歩いて前山寺や龍光院などにも立ち寄る時間はなかったが、機会を改めて訪れるつもりだ。
ところで、地方鉄道の例に漏れず、上田電鉄別所線も経営が厳しいようだ。公共インフラを維持・存続させるには、納得性のある公的支援と受益者負担、その一方での利用率の向上しかない。「乗って残そう」を合言葉に住民団体も協力して行っている様々な運動の成果も少なからず出ていると聞くが、折からの「歴女」ブームなども味方につけて、利用客が増えればと願っている。

ながの金融広報だより 第124号 掲載

冬の信州


(出展)Wikipedia

 長野市内では、11月の頭に平年より18日も早く初雪を観測した。これから本格的な冬を迎える。これまで青森、秋田と勤務し、雪と寒さは十分に経験済みとは言え、皮下脂肪の少ない身(決して自慢しているわけではありません)にとっては、信州の冬の寒さは堪える。
 もっとも、冬は冬こその楽しみがある。残念ながらスキーをやる元気はなくなってしまっているが、何と言っても、信州には至る所に温泉があるのがいい。社宅マンションの近くにも裾花川温泉があるが、ここは保温効果が極めて高く、年に数回こちらにやって来る私の家族にも大好評だ。
 温泉には人間だけでなく猿も入るということを、昨年当地に赴任して初めて知った。地獄谷温泉のSnow Monkey。世界的にも珍しいと言う。世界に誇れる観光資源だ。
 10月に当委員会が開催した金融経済講演会で、講師の逢坂ユリ氏から、「今後中国からの観光客に対する期待が大きくなるが、中国人が行き先として選ぶポイントは美しい自然」という話を聞いた。「兎追いしかの山〜」の唱歌「故郷」は中野市(旧豊田村)が舞台。ここは日本人の心の故郷と言える。
 信州には美しい自然がいっぱいある。信州の自然の魅力を内外に大いにPRし、県内観光産業の活性化に繋げたいものだ。

ながの金融広報だより 第123号 掲載

二宮金次郎から学ぶ

 私の出身地小田原(神奈川)は、北条早雲を初代とする戦国武将の北条氏が有名だが、私は、小田原が生んだ最大の偉人は二宮金次郎(尊徳)だと思っている。
 二宮金次郎というと、薪を背負って本を読んでいる少年時代の姿ばかりがクローズアップされるが、今から200年前、農民の出でありながら、関東を中心に600余りの村々を復興させた人物である。「日本で一番不況に強い男 二宮尊徳の成功実学に学べ」(瀧澤中著)という本が最近出版されているが、「勤労」、「分度」、「推譲」、「積小為大」、「心田開発」など、彼の思想は、今の時代にも通じるものがある。
 二宮金次郎は、「お金は卑しむものではない。お金の中に徳を発見し、その徳を掘り出して人間の生活を豊かにするために活用しろ」と言っている。つまり、「人間がお金に振り回されるのではなく、逆にお金を人間が振り回す(活用する)」ということである。正に、『金融(金銭)教育』の原点である。今回の世界的な金融危機の原因の一つが、いわゆる「マネーゲーム」にあったことを考えると、人間というのはいつの時代も変わらないもの、懲りないものだと思わざるを得ない。二宮金次郎の言葉を肝に銘じたいものだ。

ながの金融広報だより 第122号 掲載

御開帳と金融

 7年に一度の善光寺御開帳が終わった。昨年7月に東京から長野に転勤し、善光寺から徒歩数分のところに住まわせて貰っているため、御開帳期間中は何度も善光寺に参詣し、回向柱のご利益にすがった。
 撥当たりなことを言うようだが、回向柱はそれ自体1尺5寸(45cm)角の過ぎの柱に過ぎない。これが、前立本尊と「善の綱」で結ばれることで、人々がありがたがるのである。お札(銀行券)もこれと同じではないか。それ自体はただの紙である。それが通貨として流通するのは、お札を発行している日本銀行に対する全幅の信頼があるからだ。翻って、昨年9月のリーマン・ショック以降の世界的な金融危機では、金融商品に対する人々の信頼が大きく損なわれた。アメリカインディアンのことわざに、「信頼は徒歩でやって来て馬に乗って去っていく」というのがある。一度損なわれた信頼を回復するのはなかなか難しい。回向柱を見ながらそんなことを思った。
 御開帳には県内外から実に多くの参詣客が訪れた。県内景気回復のきっかけになることを切に望む。
ながの金融広報だより 第121号 掲載
























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